認知症の改善・予防に役立つ食事

栄養関係

認知症と食事・栄養の関係

認知症の発症には生活習慣が大きく関与しており、食事や栄養もその予防策として推奨されています。脳の健康は食生活と深く関わっており、適切な食事は認知機能の低下リスクを減少させる可能性があります。特に、認知症と診断された高齢者においては、低栄養状態が一般的な問題として挙げられており、これは死亡や生活の質(QOL)の危険因子となり得ます。

近年、脳と腸が自律神経などを介して相互に影響を及ぼし合う「脳腸相関」が世界的に注目されており、腸内細菌が認知機能と関連するという研究報告も出ています。また、ライフスタイル医学の一環として、食事の見直しが認知機能低下やその他の慢性疾患の軽減に有効であると研究されています。

認知症予防に推奨される食事パターン

様々な食事療法が認知機能の低下に関連して調査されており、特に以下の食事が注目されています。

MIND食

MIND食は、「神経変性遅延に介入する地中海式-DASH食事療法」とも呼ばれ、DASH食(高血圧を止めるための食事療法)と地中海食の一部を組み合わせたものです。この食事療法は、アルツハイマー病などの神経変性を遅らせるために特別に開発されました。

  • 特徴: MIND食は、新鮮な果物、野菜、豆類の摂取を重視し、葉物野菜ベリー類など、認知機能の低下を遅らせることが科学的に裏付けられた特定の食品を推奨しています。

    ※ベリー類 
    例:イチゴ(ストロベリー)、ブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリー、クランベリー、カシス(クロスグリ)
  • 研究結果: 近年の研究では、MIND食は、地中海食やDASH食だけの場合よりも認知機能低下を軽減するのに効果的である可能性が示されています。MIND食の順守度合いが、その神経保護効果に影響を与えることも分かっています。穏やかな順守度合いでも効果があることが示されています。

MIND食で推奨される食品

  • 全粒穀物: 1日3食以上
  • ワイン: 1日1杯
  • 緑の葉物野菜(ほうれん草やサラダの野菜など): 少なくとも週に6食
  • ナッツ: 週5食
  • 豆類: 少なくとも週に3食
  • ベリー類: 週2食以上
  • 家禽(かきん): 鶏肉や七面鳥肉など週に2食
  • : 週に1食
  • オリーブオイル: 主な食用油として使用

MIND食で控えるべき食品

  • バターとマーガリン: 1日大さじ1杯まで
  • ペストリーとスイーツ: 週5食まで
  • 赤身の肉: 週4食まで
  • チーズ: 週1食まで
  • 揚げ物またはファーストフード: 週1食まで

地中海食

WHO(世界保健機関)の認知機能低下および認知症リスク低減のガイドラインでは、地中海食が「健康的な食事が認知障害を予防する可能性は大きい」と述べられています。

  • 特徴: 地中海食は、野菜、果物、ナッツ、豆類、魚、全粒穀物、チーズ、ヨーグルトの適度な摂取と、脂肪摂取をオリーブオイルに主とすることが特徴です。食事と一緒に適量のワイン(特にポリフェノールを多く含む赤ワイン)を摂取することも含まれます。
  • 研究結果: 地中海食は軽度認知障害やアルツハイマー病のリスクを低減させることが示唆されており、健常者においては「良好なエピソード記憶や全般的な認知機能と関連していた」という報告があります。最新の研究解析では、地中海食をきちんと守ることで認知症の発症リスクが21%低くなることが示されています。
  • 日本への適用: WHOガイドラインの日本版では、食文化が異なる日本では地中海食をそのまま取り入れるのは難しく、バランスの取れた食生活を心がけるのが望ましいと付記されています。

日本食パターン

日本における大規模疫学調査である「久山町研究」では、大豆や大豆製品、緑黄色野菜、淡色野菜、海藻類、牛乳・乳製品の摂取が多く、米の摂取が少ない食事パターンが認知症のリスクを軽減すると報告されています。米の摂取量と認知症発症に明確な相関関係は認められていませんが、一定の摂取カロリーの中で米を食べ過ぎると他の食品のバランスが崩れる可能性が示唆されています。この食事パターンの傾向が強いほど、認知症の発症リスクが有意に低下します。

国立長寿医療研究センターの研究でも、「現代的日本食」(魚介、キノコ、大豆、コーヒーの摂取率が高い)を摂っている人ほど認知機能が良く、認知症の割合が低いことが分かっています。これは地中海食と共通する部分もあり、認知症予防に期待できるとされています。

認知機能に良いとされる具体的な食品・栄養素

推奨される食品群

  • 青魚(DHA・EPA): マグロ、ブリ、サバ、イワシ、サンマ、鮭、アジ、タラ、カンパチ、シラスなどに豊富に含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)は、脳の活性化、情報伝達の効率向上、記憶力アップ、血液サラサラ効果、動脈硬化予防、脳卒中予防に役立つとされています。特にDHAは脳細胞の材料としても重要です。
  • 野菜、果物:
    • 緑黄色野菜・淡色野菜(βカロテン、ビタミンC・E、葉酸、ポリフェノールなど): 人参、チンゲンサイ、大根の葉、ほうれん草、アボカド、水菜、ブロッコリー、カリフラワー、菜の花、豆苗、春キャベツ、ピーマン、パプリカ、ナス、きゅうり、ゴーヤ、トマト、セロリ、春菊など。これらは抗酸化作用が高く、動脈硬化予防、免疫力アップ、肌荒れ防止、認知機能維持に役立ちます。
    • ベリー類: MIND食で推奨されています。
  • ナッツ・豆類:
    • ナッツ: MIND食で推奨され、ビタミンEや不飽和脂肪酸が豊富で、悪玉コレステロール低下や脳内神経細胞の成長に効果があるとされます。
    • 豆類(大豆、枝豆、小豆など): 大豆や大豆製品(厚揚げ、納豆、きな粉、豆乳、油揚げ、高野豆腐など)に含まれるレシチンは脳の細胞壁のアセチルコリンを作る材料となり、記憶力や集中力アップに役立ちます。イソフラボンは骨粗しょう症予防に、サポニンは抗酸化作用や血中コレステロール低下作用が期待できます。
  • オリーブオイル: MIND食と地中海食の主な食用油として推奨され、オレイン酸が血中コレステロールや中性脂肪をコントロールし、脳梗塞や動脈硬化の予防に役立ちます。
  • 乳製品(牛乳、ヨーグルト、チーズなど): カルシウムが豊富で、骨粗しょう症予防に加え、脳の活動をスムーズにし、イライラ緩和に役立ちます。また、短鎖脂肪酸が認知機能の低下リスクを抑制するという研究結果もあります。
  • きのこ類: しめじ、エリンギ、舞茸、なめこ、しいたけ、きくらげなど。食物繊維のβグルカンは免疫力アップやガン予防に、グルタミン酸は脳の活性化をサポートします. また、ビタミンDも豊富で脳神経の発育を助けます。
  • : 卵黄に含まれるコリンは脳を活性化させる成分として注目されています。
  • 発酵食品: キムチ、納豆、ヨーグルトなど。植物性乳酸菌が腸内環境を整え、記憶力や集中力アップに役立つGABAなどのアミノ酸も含まれます。
  • 全粒穀物: MIND食で推奨され、オートミールやもち麦のように食物繊維が豊富で、便通改善、血糖値の急上昇抑制、コレステロール値低下に役立ちます。
  • 海藻類: WHOや久山町研究で推奨される日本食の一部。食物繊維(アルギン酸など)、鉄、葉酸、EPA、タウリンなどが豊富で、便通改善、コレステロール低下、高血圧予防、脳の健康維持に役立ちます。
  • その他:
    • ワイン: MIND食や地中海食で推奨される適量のワイン、特に赤ワインはポリフェノールを多く含みます。
    • ココア: カカオポリフェノールが脳の栄養と言われるBDNFに働きかけ、認知症予防が期待できます。
    • 生姜: 辛味成分が血行を良くし、アミロイドβの蓄積抑制も示唆されています。
    • にんにく: 硫化アリルが強い抗酸化作用を持ち、動脈硬化予防や脳の糖代謝をサポートします。
    • ターメリック(クルクミン): カレー粉に含まれるクルクミンは、認知症予防や動脈硬化抑制に効果的とされています。
    • 緑茶・コーヒー: ポリフェノールの一種であるカテキンやクロロゲン酸を含み、認知症予防に有効である可能性が示唆されています。

認知症予防のために避けたい食品

  • 肉の脂身、マーガリン・ショートニング: 飽和脂肪酸やトランス脂肪酸が多く含まれ、動脈硬化の原因となり、脳梗塞のリスクを高めるため、摂取量に注意が必要です。
  • 多量のアルコール: かつては少量飲酒が良いとされたこともありますが、基本的に飲酒は健康を害する危険性が高く避けることが望ましいとされています。アルコールの過剰摂取は認知症リスクを増加させます。
  • 炭水化物を主とする高カロリー食、低タンパク食、低脂肪食: これらは軽度認知障害(MCI)や認知症のリスクを高める傾向にあるとされています。

     炭水化物中心の高カロリー食
    ・糖質(炭水化物)過多でカロリーが高い食事は、肥満や糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病リスクを高めます。
    ・生活習慣病は脳血管障害や神経細胞の損傷を引き起こしやすく、認知症のリスクを増加させます。

     低タンパク食
    ・タンパク質は脳の神経伝達物質の材料や神経細胞の維持・修復に不可欠です
    ・タンパク質が不足すると、脳の機能低下や筋肉量の減少、体力低下が起こりやすくなります。
    ・筋肉や体力が低下すると活動量が減り、認知機能の低下リスクが高まります

     低脂肪食
    ・脂質は脳の構成成分であり、細胞膜や神経細胞の形成に必要です。
    ・また、脂質は脂溶性ビタミンの吸収やホルモン合成にも関与します。
    ・脂質が不足すると、脳の機能維持や血管の健康が損なわれ、認知症リスクが高まります。

     

栄養補助食品・サプリメントについて

WHOガイドラインでは、認知機能低下や認知症のリスク低減のために、ビタミンB・E、多価不飽和脂肪酸、またはそれらを複合したサプリメントの摂取は推奨されないとされており、予防効果の可能性が否定されています。既存の認知機能障害がある者に対しても、これらの栄養素のサプリメントの提供は推奨されていません。重要なのは、栄養成分を単体で補給するよりも、多様な食物を組み合わせた健康的な食事内容を日常的に摂る方が、認知機能の改善を促す可能性が高いということです。

※推奨されないというだけで禁止しているのではありません。

食事以外の認知症予防のポイント

認知症予防には食事だけでなく、以下のようなライフスタイル要因も重要です。

  • 適度な運動: ウォーキングなどの有酸素運動や筋力トレーニングを週3回以上、半年以上継続的に行うことが推奨されます。
  • 適切な睡眠: 短すぎても長すぎても、また不眠などの睡眠に関する病気がある場合にも、認知症発症のリスクが高まります。
  • 禁煙: 喫煙は認知症の発症と関連しており、禁煙によってリスクを低下させることが期待されています。
  • 人との交流・社会活動への参加: 社会活動への参加や人との会話・交流は、認知症の発症や進行予防に効果があるとされています。
  • 音楽活動・芸術活動への参加: 楽器の演奏や歌唱、創作など能動的な活動は認知機能を改善させる効果があります。
  • 体重管理: 中年期の過体重や肥満は認知症のリスクを高めるため、減量介入が推奨される場合があります。ただし、老年期の痩せが認知症リスクと関連する可能性も指摘されています。
  • 高血圧の管理: 高血圧の管理は、循環器疾患の予防として強く推奨されており、認知機能低下や認知症のリスク低減のためにも行ってもよいとされています。
  • 糖尿病の管理: 糖尿病のある成人には、内服やライフスタイルの是正による血糖管理が強く推奨されており、認知機能低下や認知症のリスク低減のためにも行ってもよいとされています。
  • 脂質異常症の管理: 中年期の脂質異常症の管理は、認知機能低下と認知症のリスクを低減するために行ってもよいとされています。
  • うつ病への対応: うつ病治療と認知機能低下や認知症のリスク低減の因果関係については十分なエビデンスはありませんが、うつ病への対応は他の有益性から重要とされています。
  • 難聴の管理: 難聴は認知症リスクの増加と関連していると言われますが、補聴器の使用が認知機能低下や認知症のリスクを減らすという十分なエビデンスは現時点では不足しています。