盆の季節、蝉の鳴き声が響く暑い夏の日、私と父は先祖のお墓参りに出かけました。父は70歳を過ぎていますが、まだまだ元気で、特に口は達者です。そんな父との墓参りは、いつも予想外の展開になるのですが、この日もその例に漏れませんでした。
墓地に到着し、まず水を汲むことにしました。私が持参したペットボトルを片手に、墓地入り口にある蛇口に向かいます。ところが、蛇口をほんの少し回しただけなのに、すごい勢いで水が溢れ出したのです。
「わっ!」と驚いて後ずさりしながら、何とか水を受け止めようとしますが、ペットボトルの口は小さく、ほとんどの水が跳ね返ってしまいます。私の靴下はあっという間にびしょ濡れに。
困惑した様子で父を振り返ると、父はため息まじりに言いました。「もう何年も前からこの状態やろうがね。何しよるんかね」
その口調には明らかに「お前はアホか」という意味が込められています。私は内心「だったら先に言ってよ」と思いましたが、ぐっと我慢。何とか水を汲み、先祖のお墓へと向かいました。
お墓に着くと、さっそく花立てや真ん中のくぼみに水を注ぎ始めます。ところが、あれほど苦労して入れた水があっという間になくなってしまったのです。
すると父が得意げに言いました。「やけえ言ったやろ。ペットボトル1本で足りるわけがないやろう」
私は心の中でツッコミを入れます。「いや、言ってないし。それに家を出る時、あんたは手ぶらで行こうとしていたじゃないか」
「もう一回汲みに行ったらいいだけやん」。すると父は更に小言をかましてきました。「また汲みにいかないといけん。2度手間じゃーね。やけえ2本は持ってこんといけんのよ」
ここまで来ると、さすがの私もイラッとしてきました。「父さん、何年も前からあの蛇口変わっとるんやろ?水上手に入れてきてーや」と言って、空のペットボトルを父に手渡しました。
父は不満そうな顔をしながらも、ペットボトルを受け取って水を汲みに行きました。私はその間、おばあちゃんをはじめとする先祖たちに近況報告を始めます。
「おばあちゃん、おじいちゃん、おばちゃん元気にしてる?エリ坊は元気で育ってるよ。あ、そうそう、父さんがね…」
話し込んでいるうちに、ふと気がつきました。父の姿が見えません。水を汲むところはそれほど遠くないはずなのに、明らかに時間がかかりすぎています。
「まさか…」と思いながら、私は父の苦戦している姿を想像し始めました。きっと水の勢いに負けて、うまく汲めていないんだろうな。そう思うと、少し意地悪な気分になってきました。
「ほら、入れにくかったやろ?適当なこと言う癖止めりーや!」
そんなセリフを頭の中で練りながら、父の帰りを待ちました。
そして、ついに父の姿が見えました。が、その姿は私の想像をはるかに超えていました。
父は全身びしょ濡れ。まるで川に落ちでもしたかのように、服はぐっしょり水を含み、額からは水滴が垂れています。そして、手に持つペットボトルには水が半分も入っていないのです。
思わず吹き出してしまいました。想像していた10倍どころか、100倍面白い光景でした。
父は不思議そうに言いました。「あんなに勢いが強かったかなあ。おかしいなあ。」
私は腹を抱えて笑いながら、「父さん、濡れすぎやろ!無理してやらんでよかったのに(笑)」と言いました。
父は照れくさそうにしながら服の水を絞っていました。
その姿を見て、私はハッとしました。父の姿は確かに滑稽でしたが、同時に懸命に水を汲もうとする姿に、父の頑固さが表れていたのです。
「ごめんね、父さん。水汲みを押し付けて」と謝ると、父は「なに言っとるんかね。こんなの朝飯前よ」と胸を張りました。
その後、二人で力を合わせて墓石を磨き、きれいにしました。帰り際、父が言いました。「来年は家から水を持っていこうか。」
私たちは顔を見合わせて、大笑いしました。この日の出来事は、きっと来年のお盆の話のネタになるでしょう。そして、先祖たちも天国で笑っているに違いありません。