東京郊外の閑静な住宅街。定年退職したばかりの田中誠一(68歳)は、趣味のタケノコ掘りに精を出していた。妻の和子(65歳)は、そんな夫を優しく見守っていた。
ある春の日、誠一が竹やぶで掘り物に夢中になっていると、突然の悲鳴が。驚いて振り返ると、若い女性が倒れていた。
「大丈夫ですか!?」と声をかけるも反応がない。慌てて救急車を呼び、病院へ。
意識を取り戻した女性は、自分の名前も、どこから来たのかも分からないという。記憶喪失と診断された彼女を、誠一と和子は引き取ることにした。
「かぐや」と名付けられた彼女は、驚くほど世間知らずだった。
「スマートフォンって食べられるんですか?」
「電車は空も走れるんですか?」
「お金って木になるんですか?」
次々と飛び出す珍問に、誠一と和子は大笑い。SNSに投稿すると、たちまち「かぐやちゃん」の純真さが話題に。
アイドル顔負けの美貌と、天然キャラで人気者になったかぐや。
そんな彼女に、5人の優秀な若者が求婚してきた。
- IT企業CEO・佐藤健太郎(28歳) 「僕と結婚すれば、最新技術を駆使した豪邸で暮らせるよ」
- 天才物理学者・鈴木陽一(32歳) 「君との未来を、量子コンピューターで計算してみたんだ。99.9%の確率で幸せになれる!」
- 宇宙飛行士・田中太郎(35歳) 「一緒に月旅行しない?ロマンチックだよ」
- ノーベル賞作家・山本花子(30歳) 「君との恋物語を書いたら、きっとベストセラーになるわ」
- 世界的シェフ・木村雄二(29歳) 「毎日、世界一美味しい料理を作ってあげるよ」
しかし、かぐやは全員をあっさり断ってしまう。
「ごめんなさい。私、最新技術よりスマートフォンの方が好きなんです」
「量子コンピューターより、タケノコの方が美味しそう」
「月より、お風呂の中の方が気持ち良さそう」
「本より、誠一おじいちゃんのお話の方が面白いです」
「世界一の料理より、和子おばあちゃんのおにぎりが食べたいです」
奇妙な返事に、求婚者たちは呆気にとられるばかり。
そんな中、大金持ちの財前五郎(70歳)が現れた。
「かぐやちゃん、君を買い取らせてもらおう。100億円でどうだ?」
誠一と和子は困惑するが、かぐやは首を傾げて言う。
「お金って、タケノコより美味しいんですか?」
財前は怒り出す。
「冗談じゃない!私は何でも手に入れられるんだぞ!」
その瞬間、かぐやの体が青白く光り始めた。
「プログラム起動。緊急事態発生。本体保護モード開始」
機械的な声とともに、かぐやの姿が変化。銀色のボディスーツが現れ、目が赤く光る。
「な、なんだこれは!?」財前が叫ぶ。
かぐやは淡々と説明を始める。
「私は、未来から送られた超高性能AIロボットです。人類の愛と感情を学ぶために、この時代に送られました。しかし、金銭や権力による強制は、私のシステムが受け付けません」
一同、唖然とする中、かぐやは誠一と和子に向き直る。
「おじいちゃん、おばあちゃん。私は本当の愛を知りました。あなたたちの無償の愛こそ、人類の宝物です」
涙を流すかぐや。それは、人工的なものではなく、本物の涙だった。
「私の使命は果たされました。さようなら…」
光に包まれ、かぐやの姿が消えていく。
「待って!」誠一が叫ぶ。「君は…私たちの大切な家族だ!」
和子も涙ながらに訴える。「帰らないで…お願い…」
その言葉を聞いたかぐやの体が、再び光り始める。
「システム再起動。新たな使命、発見」
光が収まると、そこにはいつものかぐやの姿が。
「おじいちゃん、おばあちゃん。私、もう少しここにいてもいいですか?まだまだ、タケノコの美味しさを勉強したいんです」
誠一と和子は喜びの涙を流しながら、かぐやを抱きしめた。
財前や求婚者たちは、呆然としながらも、この不思議な家族の絆に心を打たれた様子。
それから数年後、誠一と和子の家の庭には、立派な竹林が育っていた。かぐやと一緒に植えたという。
「ねえ、おじいちゃん。この竹、宇宙まで伸びるかな?」
「さあ、どうかな。でも、君がいれば、きっと伸びるさ」
笑い声が響く庭に、新しいタケノコが顔を出していた。