春の陽気が心地よい日曜日の午後、佐藤家の居間では、80歳のおばあちゃん・ミチコと、25歳の孫・ケンタが和やかに談笑していました。ミチコは最近、老眼が進んでいるにもかかわらず、眼鏡をかけるのを頑なに拒否しています。そのため、少し離れたところにあるものがよく見えず、時々面白い勘違いをすることがありました。
ミチコは、最近めっきり会う機会が減ったケンタの近況が気になり、尋ねました。「ケンタ、最近何か新しいことを始めたの?」
ケンタは嬉しそうに答えました。「うん、実はね、オンラインで料理教室を受けてるんだ」
ミチコは首を傾げ、「オンライン?それはどこでやるの?」と不思議そうに聞き返しました。
ケンタは優しく説明を始めました。「おばあちゃん、オンラインっていうのは、インターネットを使ってパソコンでやるんだよ」
しかし、ミチコの混乱は深まるばかりでした。「パソコンで料理するの?それは大変だね!」と真剣な表情で言いました。
ケンタは思わず吹き出してしまいましたが、すぐに笑いをこらえて、もう少し詳しく説明することにしました。「違うんだよ、おばあちゃん。パソコンの画面を通して、先生の料理する様子を見るんだ」
ミチコは眉をひそめ、さらに混乱した様子で言いました。「まあ!パソコンの中に先生が入っているの?そんな小さな先生に何が教えられるのかしら」
ケンタは笑いを堪えながら、「いや、そうじゃなくて…」と言いかけましたが、ミチコは話を遮って続けました。
「それに、パソコンの中で料理したら、匂いも味もわからないじゃない。どうやって美味しいかどうかわかるの?」
ケンタは深呼吸をして、もう一度説明を試みました。「おばあちゃん、パソコンの中で料理するんじゃなくて、パソコンを通して先生の料理する様子を見るんだよ。そして、自分の家のキッチンで実際に料理するんだ」
ミチコは少し考え込んだ後、突然明るい表情になりました。「あ、わかったわ!パソコンを台所に持って行って、画面を見ながら料理するのね。でも、パソコンに調味料がかかったりしないの?」
ケンタは思わず天を仰ぎました。「まあ、そんな感じかな…」と言いながら、諦めの境地に達しつつありました。
しかし、ミチコの疑問は尽きません。「それで、その先生はどこの人なの?東京?大阪?」
ケンタは少し誇らしげに答えました。「実はね、イタリアの有名なシェフなんだ」
ミチコの目が丸くなりました。「まあ!イタリア語がわかるの?」
ケンタは笑いながら説明しました。「いや、日本語に通訳されてるんだよ」
ミチコは感心したように頷きました。「へえ、パソコンって通訳もできるのね。すごい時代になったわ」
ケンタはため息をつきながらも、おばあちゃんの純粋な反応に愛おしさを感じていました。
そして、ミチコは突然思いついたように言いました。「そうだ!今度の日曜日に家族みんなで集まるでしょう?その時に、ケンタが習った料理を作ってくれない?」
ケンタは喜んで答えました。「いいね!僕が習ったカルボナーラを作るよ」
ミチコは首を傾げました。「カルボナーラ?それは何かしら?」
ケンタは説明を始めました。「イタリアのパスタ料理だよ。卵とチーズとベーコンを使って…」
するとミチコは驚いた表情で遮りました。「まあ!イタリア料理なのに卵とベーコンを使うの?それじゃあ、洋食じゃない」
ケンタは笑いながら「おばあちゃん、イタリア料理も洋食の一種だよ」と説明しましたが、ミチコは首を振って言いました。「いいえ、イタリア料理はイタリア料理で、洋食は洋食よ。ケンタ、あなた少し勉強不足じゃない?」
ケンタはもう説明を諦め、「うん、そうかもしれないね」と答えるしかありませんでした。
そして、日曜日がやってきました。ケンタは張り切ってカルボナーラを作り始めました。家族全員が台所に集まり、ケンタの料理する姿を見守っています。
ミチコは孫の料理する姿を誇らしげに見ながら、隣にいる娘(ケンタの母)に小声で言いました。「ねえ、ケンタったら本当にパソコンで料理を習ったのよ。すごいでしょう?」
娘は驚いた表情で「えっ?」と声を上げましたが、ケンタが振り返って「できたよ!」と言ったので、それ以上の会話は続きませんでした。
家族全員でテーブルを囲み、ケンタの作ったカルボナーラを食べ始めました。ミチコは一口食べると、驚いた表情で言いました。「まあ!これがイタリア料理なの?でも、なんだか親子丼の味がするわね」
家族全員が笑い出す中、ケンタは「まあ、卵を使うという点では似てるかもね」と苦笑いしながら答えました。
食事が終わり、家族がくつろいでいる時、ミチコは突然思い出したように言いました。「そうそう、ケンタ。今度はおばあちゃんにもそのパソコン料理を教えてくれない?」
ケンタは驚きながらも「うん、いいよ。でも…」と言いかけましたが、ミチコは続けました。「でも、パソコンを持ち上げるのは重そうだから、軽いタブレットでもいいかしら?」
家族全員が爆笑する中、ケンタはおばあちゃんの純粋さに心を打たれ、「うん、タブレットでもいいよ。一緒に料理しよう」と優しく答えました。
その日以来、ケンタとミチコの「オンライン料理教室」が始まりました。ミチコは最初こそパソコンの扱いに戸惑いましたが、次第に慣れていき、今では自分でレシピを検索して料理を作るまでになりました。
そして、ミチコの80歳の誕生日。家族全員が集まった席で、ミチコは得意げに宣言しました。「今日のごちそうは、私がパソコンで習って作ったのよ」
家族全員が驚きの声を上げる中、テーブルに並んだのは、ピザ、パスタ、リゾット…と、立派なイタリアンフルコースでした。
ケンタは目を潤ませながら、おばあちゃんを抱きしめました。「おばあちゃん、すごいよ。本当に上手だね」
ミチコは照れくさそうに答えました。「ありがとう。でも、まだパソコンの中に入れる料理の作り方は習ってないのよ」
家族全員が再び爆笑する中、ケンタは心の中で思いました。「おばあちゃんの勘違いが、こんなに素敵な結果を生むなんて…」
そして、ミチコの次の言葉に、家族全員が驚きの声を上げました。「次は、パソコンで習った料理で料理教室を開こうと思うの。みんな来てくれる?」
こうして、ミチコのオンライン料理教室を巡る珍道中は、まだまだ続きそうです。